大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和58年(ネ)549号 判決

控訴人 金子雅宥

被控訴人 国

代理人 高須要子 仁平康夫 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金六八三万〇、六九九円及び内金五五六万八、九〇〇円に対する昭和五五年一二月二六日から支払い済みに至るまで年一〇・二パーセントの、内金一二六万一、七九九円に対する昭和五六年六月三日から支払い済みに至るまで年五パーセントの各割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被控訴人

主文と同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  控訴人の請求の原因

1  千葉県船橋市三咲町八七番原野五反歩(以下「八七番の土地」という。)の概略は、別紙図面のイ、ロ、ハ、ヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、イの各点を順次直線で結んだ内側の土地であつたが、右土地は、明治三二年一二月一五日に同町八七番一畑二反九畝九歩(以下「分筆前の八七番の一の土地」という。)と同町八七番二山林三反七畝一九歩(以下「八七番の二の土地」という。)とに分割されて、大正四年六月二六日に分筆登記がされた。

そして、分筆前の八七番の一の土地は昭和二六年一〇月四日同町八七番一畑一反九畝九歩(以下「分筆後の八七番の一の土地」という。)と同町八七番三畑一反(以下「分筆前の八七番の三の土地」という。)とに、分筆前の八七番の三の土地は昭和三六年五月一三日同町八七番三畑三畝一〇歩(以下「分筆後の八七番の三の土地」という。)と同町八七番四畑六畝二〇歩(以下「分筆前の八七番の四の土地」という。)とに、分筆前の八七番の四の土地は昭和三九年七月三〇日同町八七番四畑一六歩(以下「第一次分筆後の八七番の四の土地」という。)、同町八七番七畑一畝二〇歩(以下「分筆前の八七番の七の土地」という。)、同町八七番八畑一畝二〇歩(以下「八七番の八の土地」という。)、同町八七番九畑一畝一二歩(以下「八七番の九の土地」という。)及び同町八七番一〇畑一畝一二歩(以下「八七番の一〇の土地」という。)とに、分筆前の八七番の七の土地は同年九月七日同町八七番七畑一畝一六歩(以下「分筆後の八七番の七の土地」という。)と同町八七番一一畑四歩(以下「八七番の一一の土地」という。)とに、第一次分筆後の八七番の四の土地は昭和四〇年二月二二日に同町八七番四畑八歩(以下「第二次分筆後の八七番の四の土地」という。)と同町八七番一二畑八歩(以下「分筆前の八七番の一二の土地」という。)とに、分筆前の八七番の一二の土地は昭和四六年八月一九日同町八七番一二畑一三平方メートル(以下「分筆後の八七番の一二の土地」という。)と同町八七番一三畑一三平方メートル(以下「八七番の一三の土地」という。)とにそれぞれ分筆する登記がされた。

2  ところで、所轄の千葉地方法務局船橋支局に現に備え付けられているこれらの土地についてのいわゆる公図(以下「本件公図」という。)には、分筆前の八七番の一の土地と八七番の二の土地との分割線が記入されないままとなつていたところ、分筆前の八七番の一の土地が前記のとおり順次分筆された際、あたかも別紙図面のイ、ロ、ハ、ヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、イの各点を順次直線で結んだ内側の土地の全体が分筆前の八七番の一の土地であるかのように誤解されて分割線が誤つて記入され、本件公図には関係各土地の位置や所在が別紙図面のとおり記載されていた。

3  控訴人は、昭和三九年八月頃、本件公図及び関係登記簿を閲覧したうえ本件公図の表示に従つて、別紙図面のト、チ、ヌ、ワ、トの各点を順次直線で結んだ内側の土地が八七番の九の土地、同図面のヘ、ト、ワ、カ、ヘの各点を順次直線で結んだ内側の土地が第一次分筆後の八七番の四の土地の一部、同図面のヌ、ル、オ、ワ、ヌの各点を順次直線で結んだ内側の土地が分筆前の八七番の七の土地の一部であると考えて、登記簿上右各土地の所有者とされていた訴外佐々木康雄との間において、右各土地を買い受ける契約(この契約を以下「本件売買契約」という。)を締結し、八七番の九の土地については千葉地方法務局船橋支局昭和四一年八月一二日受付第二四二〇一号をもつて所有権移転登記を受け、また、前記図面のヘ、ト、ワ、カ、ヘの各点を順次直線で結んだ内側の土地及び同図面のヌ、ル、オ、ワ、ヌの各点を順次直線で結んだ内側の土地については、前記のとおり分筆を経たうえ、前者については八七番の一三の土地として同支局同日受付第二四二〇一号をもつて、後者については八七番の一一の土地として同支局昭和四六年一〇月二九日受付第四四九二一号をもつてそれぞれ所有権移転登記をうけた(控訴人が訴外佐々木康雄から買い受けたこれらの土地を以下「本件控訴人買受土地」という。)。

4  ところが、登記簿上八七番の二の土地の所有者となつていた訴外鎌田正見(以下「訴外鎌田」という。)は、その土地の範囲が別紙図面のハ、ヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ハの各点を順次直線で結んだ内側の土地であると主張して、昭和四一年六月二三日、いずれも分筆前の八七番の一の土地から前記のとおり順次分筆された土地である分筆後の八七番の一の土地の所有者である訴外加納米吉、分筆後の八七番の三の土地及び八七番の一〇の土地の所有者である訴外山崎徳太郎、八七番の八の土地の所有者である訴外市川己伐吉を被告として所有権確認等を求める訴えを市川簡易裁判所に提起し、同訴訟事件の控訴審の千葉地方裁判所は、右図面のハ、ヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ハの各点を順次直線で結んだ内側の土地はすべて八七番の二の土地であり、分筆後の八七番の三の土地、八七番の一〇の土地及び八七番の八の土地は右図面のハ、リ各点を直線で結んだ線の北側に所在して同線の関係部分が八七番の二の土地とのそれぞれの境界である旨を認定、判断して、昭和四七年九月二五日訴外鎌田の勝訴の判決を言い渡し、これに対する上告も棄却されて、右判決は確定した。これによれば、本件控訴人買受土地も八七番の二の土地の一部であつて、本件控訴人買受土地については二重登記がされていたことになる。

そして、訴外鎌田は、昭和四九年一〇月一一日、控訴人を被告として、控訴人が本件控訴人買受土地に建築した軽量鉄骨造レジノ鉄板葺平屋建居宅一棟を収去してその敷地を明渡すべきこと及び本件控訴人買受土地が訴外鎌田の所有に属することの確認を求める訴えを千葉地方裁判所に提起したが、控訴人は、前記確定判決も存したのでやむを得ず、昭和五五年五月一日、訴外鎌田との間において、(1) 控訴人は、本件控訴人買受土地が訴外鎌田の所有に属することを確認する、(2) 控訴人は、本件控訴人買受土地のうち別紙図面のト、チ、ヌ、ル、オ、ワ、トの各点を順次直線で結んだ内側の土地(本件公図上では八七番の九の土地及び八七番の一一の土地と表示されていた土地)を改めて訴外鎌田から代金五五六万八、九〇〇円で買い受ける、(3) 控訴人は、本件控訴人買受土地のうち右図面のヘ、ト、ワ、カ、ヘの各点を順次直線で結んだ内側の土地(本件公図上では八七番の一三の土地と表示されていた土地)を訴外鎌田に引き渡す、との内容の裁判上の和解をした。

そして、千葉地方法務局船橋支局の担当登記官(以下「担当登記官」という。)は、昭和五五年九月四日、分筆前の八七番の一の土地から順次分筆された分筆後の八七番の三の土地、八七番の八の土地、八七番の九の土地、八七番の一〇の土地、分筆後の八七番の七の土地、八七番の一一の土地、第二次分筆後の八七番の四の土地、分筆後の八七番の一二の土地及び八七番の一三の土地についての登記用紙を八七番の二の土地についての登記用紙と重複しているものとしてこれを閉鎖した。

5  控訴人は、以上のとおり、八七番の九の土地、第一次分筆後の八七番の四の土地及び八七番の七の土地についての各登記簿の存在と本件公図の記載を信用して本件控訴人買受土地が訴外佐々木康雄の所有であると信じて本件売買契約を締結したのであつたが、結局、本件控訴人買受土地が八七番の二の土地の一部であつて、訴外佐々木康雄の所有ではないことが確定したことにより、本件控訴人買受土地の所有権を取得することができず、これによつて次のとおりの損害を被つた。

(一) 控訴人は、本件控訴人買受土地のうち別紙図面のト、チ、ヌ、ル、オ、ワ、トの各点を順次直線で結んだ内側の土地を改めて訴外鎌田から代金五五六万八、九〇〇円で買い受けて、昭和五五年一二月二六日右代金を訴外鎌田に支払い、同額の損害を被つた。

(二) 控訴人は、右土地の買受代金を右同日訴外江戸川信用金庫から借り受けたものであるが、右借受金については年一〇・二パーセントの割合による約定利息を右信用金庫に支払わなければならず、同額の損害を被つた。

(三) 控訴人は、右土地の買受代金を訴外江戸川信用金庫から借り受けるについて右信用金庫のために右買受土地について抵当権を設定し、その登記費用として八万五、七〇〇円を支出して、同額の損害を被つた。

(四) 控訴人は、本件控訴人買受土地のうち右図面のヘ、ト、ワ、カ、ヘの各点を順次直線で結んだ内側の土地の所有権を結局取得することができず、右土地の時価相当額四七万六、〇九九円の損害を被つた。

(五) 控訴人は、訴外鎌田が提起した前記訴訟の応訴、追行を弁護士露木章也に委任し、その着手金、報酬として七〇万円を支払つて、同額の損害を被つた。

6  控訴人が七八番の九の土地、第一次分筆後の八七番の四の土地及び八七番の七の土地についての各登記簿の存在と本件公図の記載を信用して本件売買契約を締結し、これによつて前記のような損害を被つたのは、担当登記官の次のような過失によるものである。

(一) 国は、昭和二二年七月二日、別紙図面のイ、ロ、ハ、ヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、イの各点を順次直線で結んだ内側の土地が分筆前の八七番の一の土地であると誤認してこれを自作農創設特別措置法第三条の規定により当時の所有者訴外工藤藤保から買収し、同法第一六条の規定によりその一部を訴外山崎市太郎に、残部を訴外村越寅松にそれぞれ売り渡したのであるが、これに伴つて、千葉県農地委員会は、昭和二六年七月一四日、分筆前の八七番の一の土地を分筆前の八七番の一の土地と分筆前の八七番の三の土地とに分筆登録する申告をしたものである。そして、当時は登記簿上は分筆前の八七番の一の土地と八七番の二の土地とが存在するが、本件公図上には八七番の土地のみが表示されていて、登記簿上の記載と本件公図上の表示が混乱している状態にあり、右申告を受けた担当登記官としては、右申告書添付の地積測量図と本件公図との不一致を容易に知ることができたのであるから、これについて十分な調査を行い、右申告を却下するなどして、右の不一致を是正すべき義務があつたのにこれを怠り、漫然と右申告を受理し右分筆の土地台帳の登録をしたのである。

(二) 次いで、千葉県知事は、昭和二六年一〇月四日、右分筆登録にかかる分筆登記の嘱託をしたのであるが、右嘱託を受けた担当登記官は、本件公図上の表示に過誤のあることを看過して右分筆登記をし、本件控訴人買受土地について二重登記を生じさせたものである。

(三) また、担当登記官は、その後も昭和三六年五月一三日及び昭和三九年七月三〇日に前記のとおりの各分筆登記申請がされた際にも、関係登記簿上の記載及び本件公図上の表示の過誤を発見してこれを是正すべき義務があるのにこれを怠り、申請にかかる各分筆登記をしたうえ、本件公図上に新たに誤つた分割線の記入をした。

(四) さらに、担当登記官は、八七番の土地が分筆前の八七番の一の土地と八七番の二の土地に分筆登録された後長年にわたつて本件公図上にその分割線を記入せずに放置し、その後も二重登記のされた関係登記簿及び誤つた表示のある本件公図を備え付けて、控訴人から関係登記簿謄本の交付及び本件公図の閲覧の申請を受けた際にこれをそのまま交付及び閲覧させた。

7  よつて、控訴人は、国家賠償法第一条第一項の規定に基づき、被控訴人に対して、前記6の(一)、(三)、(四)及び(五)記載の損害金合計六八三万〇、六九九円、同(二)記載の五五六万八、九〇〇円に対する昭和五五年一二月二六日から支払い済みに至るまで年一〇・二パーセントの割合による約定利息相当額の損害金並びに同(三)、(四)及び(五)記載の損害金合計一二六万一、七九九円に対する本件違法行為後である昭和五六年六月三日(本件訴状送達の日の翌日)から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する被控訴人の認否

1  請求原因1の事実は、すべて認める。

2  同2の事実は、認める。

3  同3の事実中、本件公図上では別紙図面のト、チ、ヌ、ワ、トの各点を順次直線で結んだ内側の土地が八七番の九の土地、同図面のヘ、ト、ワ、カ、ヘの各点を順次直線で結んだ内側の土地が第一次分筆後の八七番の四の土地の一部、同図面のヌ、ル、オ、ワ、ヌの各点を順次直線で結んだ内側の土地が分筆前の八七番の七の土地の一部であるかのように表示されていたこと、控訴人主張の各土地についてその主張のような登記がされたことは認めるが、その余の事実は知らない。

4  同4の事実中、訴外鎌田と同加納米吉、同山崎徳太郎及び同市川己伐吉との間の控訴人主張の訴訟事件について控訴人主張のような判決が確定したこと、訴外鎌田が控訴人を被告として控訴人主張のような訴えを提起し、控訴人が訴外鎌田との間において控訴人主張のような裁判上の和解をしたこと、担当登記官が昭和五五年九月四日に八七番の八の土地、八七番の九の土地、八七番の一〇の土地、分筆後の八七番の七の土地、八七番の一一の土地、第二次分筆後の八七番の四の土地、分筆後の八七番の一二の土地及び八七番の一三の土地についての登記用紙を八七番の二の土地の登記用紙と重複しているものとしてこれを閉鎖したことは認めるが、その余の事実は知らない。

なお、訴外鎌田と同加納米吉、同山崎徳太郎及び同市川己伐吉との間の右訴訟事件についての右確定判決の既判力は控訴人に及ぶものではなく、別紙図面のハ、ヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ハの各点を順次直線で結んだ内側の土地がすべて八七番の二の土地であるとする右判決の認定、判断は証拠に基づかない不当なものであるから、控訴人は本件売買契約によつて本件控訴人買受土地の所有権を有効に取得していたものである。

5  同5の事実中、控訴人が別紙図面のト、チ、ヌ、ル、オ、ワ、トの各点を順次直線で結んだ内側の土地を改めて訴外鎌田から代金五五六万八、九〇〇円で買い受ける旨の裁判上の和解をしたことは認めるが、その余の事実は知らない。

そして、前記のとおり別紙図面のハ、ヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ハの各点を順次直線で結んだ内側の土地がすべて八七番の二の土地であるとする前記確定判決の認定、判断は不当なものであつて、控訴人は、本件売買契約によつて本件控訴人買受土地の所有権を取得していたのであるから、その主張のような裁判上の和解をする必要はなかつたはずである。また、仮に本件控訴人買受土地が八七番の二の土地の一部であるとしても、右土地は訴外山崎市太郎が昭和二二年七月二日に売渡処分を受けて以来、訴外山崎市太郎、同人からこれを買い受けた控訴人の前主及び控訴人が所有の意思をもつてこれを占有してきたのであつて、控訴人は、これを時効取得し又は時効取得した前主から買い受けてその所有権を取得していたのであるから、なんら右裁判上の和解をする必要はなかつたはずである。

6  同6の(一)の事実中、分筆登録の申告を受けた担当登記官に控訴人主張のような義務があつたことを否認し、その余の事実は認める。この場合、自作農創設特別措置法第四四条の二、自作農創設特別措置法の施行に伴う土地台帳の特例に関する省令(昭和二三年大蔵・農林省令第二号)第八条の規定によつて土地台帳法第一〇条の規定の適用が排除されていたのであるから、担当登記官としては、右分筆登録の申告が地積測量図を添付した適法なものである以上、申告どおりに分筆登録をすれば足り、控訴人主張のような調査を遂げるべき義務はない。したがつて、担当登記官が千葉県農地委員会の申告にしたがつて分筆登録したことにつき、担当登記官にはなんらの過失はない。

7  同6の(二)の事実中、千葉県知事が控訴人主張のとおり分筆登記の嘱託をし、担当登記官が嘱託どおり分筆登記をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。不動産登記法第七九条の規定による土地の分筆の登記の申請(嘱託)があつた場合において、担当登記官には当該申請(嘱託)にかかる土地台帳の分筆登録の適否についてまで実質的に審査しなければならない義務はなく、申請事項が土地台帳の登録と符号しているか否かを審査すれば足りるのであるから、土地台帳の登録と符合する右分筆登記をしたことについて、担当登記官にはなんらの過失もない。

8  同6の(三)の事実中、昭和三六年五月一三日及び昭和三九年七月三〇日に控訴人主張のとおりの各分筆登記申請がなされ、担当登記官が申請にかかる各分筆登記をし、本件公図上に各分割線の記入をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。担当登記官は、右各分筆登記申請にかかる分筆前の八七番の三の土地及び分筆前の八七番の四の土地がそれぞれ本件公図上に表示されていることを確認したうえ右各分筆登記をしたものであつて、それ以上に分筆前の八七番の三の土地が本件公図上に表示されるに至つた経緯等についてまで更に調査をすることを必要とするような疑義が右各分筆登記申請にあつたわけではないのであるから、担当登記官が右各分筆登記申請を却下しなかつたことになんらの過失もない。

9  同6の(四)の主張は、争う。土地台帳法の一部を改正する法律(昭和二五年法律第二二七号)が施行された昭和二五年七月三一日前においては、そもそも土地台帳の登録事務は登記所の所管ではなかつたのであるから、登記官において本件公図の表示を是正しうる余地は全くなかつたし、それ以後においても、登記官には土地の所在、区画等が公図(土地台帳法施行細則第二条所定の地図)に明らかになつているか否かを常時積極的に精査して是正すべき義務はなく、また、八七番の土地が分筆前の八七番の一の土地と八七番の二の土地に分割されたのは明治三二年一二月一五日のことなのであるから、右法律施行後になつて登記官がその分割線をどこに記入すべきかを調査、把握することはおよそ不可能である。

三  被控訴人の抗弁

仮に、担当登記官が昭和二六年七月二六日に前記の分筆登録をし又は昭和二六年一〇月四日に前記の分筆登記をしたことに過失があつて、控訴人が損害賠償債権を取得したとしても、右分筆登録又は分筆登記の日から既に二〇年を経過しているから、国家賠償法第四条、民法第七二条後段の規定によつて、被控訴人の責任は時効により消滅している。そこで、被控訴人は、昭和五七年二月二三日の原審本件口頭弁論期日において、右時効を援用した。

四  抗弁事実に対する控訴人の認否

被控訴人の主張は、争う。

担当登記官の違法行為は昭和三九年七月三〇日に前記各分筆登記がなされるまで継続しているのであるから、それまで時効の進行は開始しないものというべきである。

第三証拠関係<略>

理由

第一関係土地の分筆及び所有権移転の経緯等について

一  請求原因1及び2の事実、同3の事実中本件公図上では別紙図面のト、チ、ヌ、ワ、トの各点を順次直線で結んだ内側の土地が八七番の九の土地、同図面のヘ、ト、ワ、カ、ヘの各点を順次直線で結んだ内側の土地が第一次分筆後の八七番の四の土地の一部、同図面のヌ、ル、オ、ワ、ヌの各点を順次直線で結んだ内側の土地が分筆前の八七番の七の土地の一部であるかのように表示されていたこと及び控訴人主張の各土地についてその主張のような登記がされていたこと、同4の事実中訴外鎌田と同加納米吉、同山崎徳太郎及び同市川己伐吉との間の控訴人主張の訴訟事件について控訴人主張のとおりの判決が確定したこと、訴外鎌田が控訴人を被告として控訴人主張のような訴えを提起し、控訴人が訴外鎌田との間において控訴人主張のような裁判上の和解をしたこと、担当登記官が昭和五五年九月四日に八七番の八の土地、八七番の九の土地、八七番の一〇の土地、分筆後の八七番の七の土地、八七番の一一の土地、第二次分筆後の八七番の四の土地、分筆後の八七番の一二の土地及び八七番の一三の土地についての登記用紙を八七番の二の土地についての登記用紙と重複しているものとしてこれを閉鎖したことの各事実は、当事者間に争いがない。

そして、右争いがない事実と<証拠略>を総合すると、次のような事実を認めることができ、この認定を履すに足りる証拠はない。

1  八七番の土地は、明治三二年一二月一五日当時訴外西村喜野が所有していたものであるが、右同日その一部が別地目となつたことに伴い、地租条例(明治一七年太政官布告第七号)、地租条例施行細則(明治二二年大蔵省令第一九号)、土地台帳規則(同年勅令第三九号)、土地台帳規則施行細則(同年大蔵省令第六号)の諸規定に従つて、分筆前の八七番の一の土地と八七番の二の土地とに分割されて、土地台帳にその旨の登録がされた。そして、本件公図(乙第一号証)は、明治二二年三月二六日大蔵省訓令第一一号に基づいて当時から所轄島庁郡役所において管理され、その後制定、施行された地租法(昭和六年法律第二八号)及び土地台帳法(昭和二二年法律第三〇号)の下においては所轄の税務署において管理されていた地図と推定されるが、本件公図上には右の分割にかかる分割線は記入されず、全体の土地が八七番と表示されたままであつて、後にみるとおり、八七番の土地がどのように右二筆の土地に分割されたのかを窺わせる資料は全くない。

そして、右二筆の土地は、訴外西村隆輔が大正三年二月一六日に家督相続により所有権を取得したが、これを原因とする所有権移転登記がされるに際し、土地登記簿上も大正四年六月二六日に土地台帳の右分筆登録に従つて分筆の登記がされた。

2  その後、右二筆の土地は転々と譲渡された後、昭和一三年四月一六日に訴外工藤藤保が売買により一括してその所有権を取得し、その併せた二筆の土地のうち別紙図面のニ、ホ、ヘ、ト、チ、ヌ、ル、ヨ、ニの各点を順次直線で結んだ内側の部分の土地については訴外山崎市太郎が、その余の部分は訴外村越寅松がそれぞれ小作していたものであるところ、国は、昭和二二年七月二日、右二筆の土地を一括して自作農創設特別措置法第三条第一項の規定により訴外工藤藤保から買収したうえ、同法第一六条第一項の規定により右各小作地をその小作農である訴外山崎市太郎及び同村越寅松にそれぞれ売り渡した。

ところが、所轄の農地委員会は、右買収、売渡にかかる別紙図面のイ、ロ、ハ、ヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、イの各点を順次直線で結んだ内側の土地が分筆前の八七番の一の土地であると認定して買収、売渡手続を進めたため、千葉県知事は、昭和二五年七月二一日、自作農創設特別措置法第四四条、自作農創設特別措置登記令(昭和二二年勅令第七九号)第三条第一項の規定により、分筆前の八七番の一について右買収を原因とする所有権移転登記の嘱託をして、その旨の登記(同令第一〇条第二項の規定によつて登記があつたものとみなされる同条第一項の措置)がされた。次いで、千葉県農地委員会は、昭和二六年七月一四日、同法第四四条の二、自作農創設特別措置法の施行に伴う土地台帳の特例に関する省令(昭和二三年大蔵・農林省令第二号)第六条及び第七条の規定により、分筆前の八七番の一の土地について訴外村越寅松に売り渡された分筆後の八七番の一の土地と訴外山崎市太郎に売り渡された分筆前の八七番の三の土地とに分筆する通知書(分筆登録の申告書)を地積の測量図を添付して送付し、土地台帳法等の一部を改正する法律(昭和二五年法律第二二七号、施行日同年七月三一日)の施行によつて土地台帳の登録事務の所轄庁となつた千葉地方法務局船橋支局の担当登記官は、昭和二六年七月二六日、右通知書に基づき分筆登録をするとともに、右測量図に基づき土地台帳法施行細則(昭和二五年法務府令第八八号)第二条所定の地図として同支局に備え付けられるに至つた本件公図上に別紙図面のチ、ヨの各点を直線で結んだ線のとおり分割線を記入し、同図面のイ、ロ、ハ、ヨ、ル、ヌ、チ、リ、イの各点を順次直線で結んだ内側の土地を分筆後の八七番の一の土地、同図面のニ、ホ、ヘ、ト、チ、ヌ、ル、ヨ、ニの各点を順次直線で結んだ内側の土地を分筆前の八七番の三の土地として表示した。これに伴つて、千葉県知事は、昭和二六年一〇月四日、自作農創設特別措置法第四四条、自作農創設特別措置登記令第三条第二項の規定により右分筆登録にかかる分筆登記の嘱託をし、土地登記簿上も分筆前の八七番の一の土地が分筆後の八七番の一の土地と分筆前の八七番の三の土地とに分筆する登記がされ、ついで、千葉県知事は、昭和二七年三月二〇日、同法第四四条、同令第三条第一項の規定により、分筆後の八七番の一の土地については訴外村越寅松のために、分筆前の八七番の三の土地については訴外山崎市太郎のために、前記売渡を原因とする所有権移転登記の嘱託をし、それぞれその旨の登記がされた。

他方、八七番の二の土地については、昭和三七年四月三〇日まで土地登記簿上も土地台帳上も訴外工藤藤保の所有に属するものとして登記、登録されたままであつたが、訴外鎌田が同月一八日訴外工藤藤保から買い受けたものとして同月三〇日その旨の所有権移転登記がなされた。

3  訴外山崎徳太郎は、昭和三三年二月六日、訴外山崎市太郎が売渡を受け、土地登記簿上及び本件公図上は分筆前の八七番の三の土地とされていた別紙図面のニ、ホ、ヘ、ト、チ、ヌ、ル、ヨ、ニの各点を順次直線で結んだ内側の土地を相続により取得したが、昭和三六年五月一三日にこれを分筆後の八七番の三の土地(右図面中八七―三と表示された部分)と分筆前の八七番の四の土地(右図面中八七―四、八七―七ないし八七―一三と表示された部分)とに分筆し、同年五月三〇日頃訴外佐々木康雄に対して分筆前の八七番の四の土地とされた部分の土地を売り渡した。そして、訴外佐々木康雄は、昭和三九年七月三〇日、右の分筆前の八七番の四の土地とされた部分の土地を第一次分筆後の八七番の四の土地(右図面中八七―四、八七―一二、八七―一三と表示された部分)、分筆前の八七番の七の土地(右図面中八七―七、八七―一一と表示された部分)、八七番の八の土地(右図面中八七―八と表示された部分)、八七番の九の土地(右図面中八七―九と表示された部分)及び八七番の一〇の土地(右図面中八七―一〇と表示された部分)とにそれぞれ分筆し、同年八月頃、右八七番の九の土地とされた部分の土地及び分筆前の八七番の七の土地とされた部分の土地中右図面のヌ、ル、オ、ワ、ヌの各点を順次直線で結んだ内側の土地を控訴人に売り渡し、同年九月七日に右の分筆前の八七番の七の土地を分筆後の八七番の七の土地(右図面中八七―七と表示された部分)と八七番の一一の土地(右図面中八七―一一と表示された部分)とに分筆したうえ、八七番の九の土地については千葉地方法務局船橋支局昭和四一年八月一二日受付第二四二〇一号をもつて、八七番の一一の土地については同支局同日受付第二四二〇一号をもつて控訴人のために所有権移転登記をした。さらに、訴外佐々木康雄は、第一次分筆後の八七番の四の土地とされた部分の土地については、昭和四〇年二月二二日にこれを第二次分筆後の八七番の四の土地(右図面中八七―四と表示された部分)と分筆前の八七番の一二の土地(右図面中八七―一二、八七―一三と表示された部分)とに分筆して、昭和四四年五月頃右の分筆前の八七番の一二の土地とされた部分の土地を訴外石田邦生に売り渡し、訴外石田邦生は、昭和四六年八月一九日に右の分筆前の八七番の一二の土地とされた部分の土地を分筆後の八七番の一二の土地(右図面中八七―一二と表示された部分)と八七番の一三の土地(右図面中八七―一三と表示された部分)とに分筆して、同年一〇月頃右の八七番の一三の土地とされた部分の土地を控訴人に売り渡し、同支局同月二九日受付第四四九二一号をもつて控訴人のために所有権移転登記をした。

そして、担当登記官は、不動産登記法の一部を改正する等の法律(昭和三五年法律第一四号)の施行された後も不動産登記法第一七条所定の地図が整備されるまでの間の事実上の措置として、既に法令上の根拠を失うに至つた本件公図上に従前どおり、別紙図面のニ、ホ、ヘ、ト、チ、ヌ、ル、ヨ、ニの各点を順次直線で結んだ内側の土地が分筆前の八七番の三の土地であることを前提として、右図面表示のとおり、右の一連の分筆登記に伴う分割線を記入した。

4  ところで、登記簿上八七番の二の土地の所有者となつていた訴外鎌田は、昭和四一年六月二三日、訴外加納米吉、訴外山崎徳太郎及び訴外市川己伐吉を被告として市川簡易裁判所に控訴人主張のような訴えを提起し、同訴訟事件の控訴審の千葉地方裁判所は、右図面のハ、ヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ハの各点を順次直線で結んだ内側の土地はすべて八七番の二の土地である旨を認定、判断して、昭和四七年九月二五日訴外鎌田の勝訴の判決を言い渡し、これに対する上告も棄却されて、右判決は確定した。さらに、訴外鎌田は、昭和四九年一〇月一一日、控訴人を被告として、その主張のような訴えを千葉地方裁判所に提起し、控訴人は、昭和五五年五月一日、訴外鎌田との間において、控訴人主張のような裁判上の和解をした。

5  しかしながら、別紙図面のハ、ヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ハの各点を順次直線で結んだ内側の土地が八七番の二の土地である旨の前記判決の認定、判断は、要するに、訴外関俊善が昭和四〇年一二月に訴外鎌田の依頼に基づいて図面のイ、ロ、ハ、ヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、イの各点を順次直線で結んだ内側の土地を実測し、その実測面積約三反九畝を分筆前の八七番の一の土地の公簿面積二反九畝九歩と八七番の二の土地の公簿面積三反七畝一九歩に按分し、八七番の二の土地が南側に存在するものとの前提に立つて作成した測量図に専ら依拠したものにすぎないのであつて、右の当時においてはもとより、右土地について買収処分及び売渡処分がなされた当時においても、右二筆の土地の境界を窺わせるような界標等は一切存在せず、いずれも現況畑となつていた右図面のニ、ホ、ヘ、ト、チ、ヌ、ル、ヨ、ニの各点を順次直線で結んだ内側の部分の土地は訴外山崎市太郎が、その余の部分は訴外村越寅松がそれぞれ耕作していたものである。したがつて、右判決の認定、判断は十分な根拠を持つものではないといわざるをえず、結局、八七番の土地がどのように分割されたのかを窺わせる資料は全くない。

二  以上のような事実関係の下において関係土地の実体的な所有権の帰属について検討するに、国は、別紙図面のイ、ロ、ハ、ヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、イの各点を順次直線で結んだ内側の土地が分筆前の八七番の一の土地であると誤認してこれを買収し売り渡したとはいえ、当時はその全体を訴外工藤藤保が所有していたものであり、そのうち訴外山崎市太郎が小作地として耕作していた部分は訴外山崎市太郎に、訴外村越寅松が小作地として耕作していた部分は訴外村越寅松にそれぞれ売り渡したのであるから、関係機関及び関係者間に買収及び売渡の目的たる土地又はその範囲について齟齬、錯誤がありえようはずはなく、右買収又は売渡にかかる土地を分割前の八七番の一の土地と誤認して買収又は売渡手続が進められたとしても、それは単なる表示上の瑕疵に過ぎないのであつて、右買収処分及び売渡処分の効力を左右するに足りるものではないことは明らかである。したがつて、訴外山崎市太郎は右図面のニ、ホ、ヘ、ト、チ、ヌ、ル、ヨ、ニの各点を順次直線で結んだ内側の部分の土地を、訴外村越寅松はその余の部分の土地を有効に取得したものといわなければならない。

そして、土地台帳の分筆の登録及びこれに応じた分筆の登記がされていても、その分割線が全く不明であつて、どのように分筆されたかが明らかでない場合には、分筆後の各土地が特定されないのであるから、その分筆の登録及び登記は無効といわざるを得ず、このような場合の爾後の処理としては、その所有者が同一である限り、分筆を無効として形式上合併の登録及び登記の申請により合併するか又はそのうちの一筆の土地を不存在として登記官が職権により滅失に準じた登録をして土地台帳を除却し、他の一筆の土地については地積の変更の登録をすることも許されるものと解すべきであつて、事案に応じて右のいずれかの措置がとられるべきところである(後者の措置につき昭和二六年八月二九日民事甲第一七四六号法務省民事局長通達、昭和四三年八月二八日民事甲第二七四八号民事局長回答参照。)。これを本件における右の買収及び売渡に関する登録及び登記の手続についてみると、分筆前の八七番の一の土地と八七番の二の土地の分割線が全く不明であつてその各土地を特定することができない状況にあつたことは先に説示したとおりであるから、右二筆の土地の買収による国への所有権移転の登記をしたうえ、その合筆の登録の申告(通知)及び登記の嘱託をして合筆をした後、各売渡部分への分筆の登録の申告(通知)又び登記の嘱託をし、そのうえで売渡による所有権移転登記の嘱託をするのが本来採られるべき措置であつたものと解される。ところが、本件においては、買収にかかる別紙図面のイ、ロ、ハ、ヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、イの各点を順次直線で結んだ内側の土地が分筆前の八七番の一の土地であると誤認されたため、売渡による所有権移転登記の前提としてされた分筆の登録及び登記は、形式上は分筆前の八七番の一の土地についてされているものの、実質的にはいわば八七番の二の土地を分筆前の八七番の一の土地に取り込んであたかも右二筆の土地が合併されたのと同様に、買収にかかる土地全部について分筆の登録及び登記がされ、本件公図上においても右登録の申告書(通知書)に添付された地積測量図に基づき別紙図面のチ、ヨの各点を直線で結んだ線のとおりに分割線が記入され、右図面のヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、ヌ、ル、ヨの各点を順次直線で結んだ内側の土地が分筆前の八七番の三の土地として表示されるに至つたのであり、分筆後の八七番の一の土地については訴外村越寅松のために、分筆前の八七番の三の土地については訴外山崎市太郎のためにそれぞれ売渡による所有権移転登記がされたのである。このように、右登記手続は、買収にかかる土地が分筆前の八七番の一の土地であると誤認してされたものではあるが、分筆前の八七番の一の土地と八七番の二の土地との分割線が全く不明である本件においては、結果的には、分筆前の八七番の一の土地を買収にかかる土地の全部として所要の登録及び登記がされたものと取り扱つてよく、ただ、八七番〔編注・八七番の二の誤りか〕の土地について滅失に準じた所要の登録(登記官は、職権ですることができる。)及び登記(登記用紙の閉鎖を含む。)が遺漏されていることになるに過ぎないものと解すべきである(なお、昭和五五年九月四日に分筆前の八七番の一の土地から順次分筆された分筆後の八七番の三の土地、八七番の八の土地、八七番の九の土地、八七番の一〇の土地、分筆後の八七番の七の土地、八七番の一一の土地、第二次分筆後の八七番の四の土地、分筆後の八七番の一二の土地及び八七番の一三の土地についての登記用紙を八七番の二の登記用紙と重複しているものとしてこれらが閉鎖されたことは当事者間に争いがないところであり、右の措置は前記の確定判決の認定、判断に依拠したものと解される。しかしながら、分筆前の八七番の一の土地と八七番の二の土地とが八七番の土地から分筆されたものである以上、分筆前の八七番の一の土地の登記用紙と八七番の二の土地の登記用紙が重複するものではないことはいうまでもなく、右の閉鎖された各登記用紙はいずれも結局分筆前の八七番の一の土地から分筆された土地の登記用紙なのであるから、本来八七番の二の土地の登記用紙と重複することになる筈のないものであつて、本件公図上たまたま前記確定判決が八七番の二の土地の範囲に属すると認定した部分の土地にこれら分筆された土地の表示がされていたからといつて、登記用紙が重複することになる筋合のものではない。したがつて、右の場合においては、先に説示したとおり、本来八七番の二の土地について土地の不存在を原因として申請により滅失に準じた登記をしたうえ、その登記用紙こそが閉鎖されるべきものであつたのであり、また、いわゆる登記簿と土地台帳の一元化後における措置としては、登記官が右土地について職権により滅失に準じた登記をしたうえでその登記用紙を閉鎖すべきものであつたのであつて、分筆後の八七番の三の土地等についてされた右登記用紙の閉鎖の措置は、相当ではなかつたものといわざるを得ない。)。

以上のように解すべき結果として、結局、関係機関及び関係者は、別紙図面のヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、ヨの各点を順次直線で結んだ内側の土地を分筆前の八七番の三の土地として取扱つてよく、したがつて、その後分筆前の八七番の三の土地について順次なされた一連の分筆についても、その各申請者及び担当登記官にはなんら目的土地に関する齟齬、錯誤はなかつたことになるというべきであるから、これら各分筆登記の効力を否定すべき理由もないものといわなければならない。

また、控訴人は、先に認定したような経緯により、別紙図面のト、チ、リ、ヌ、ル、オ、ワ、トの各点を順次直線で結んだ内側の土地については訴外山崎市太郎及び同山崎徳太郎を経て訴外佐々木康雄から、右図面のヘ、ト、ワ、カ、ヘの各点を順次直線で結んだ内側の土地については訴外山崎市太郎、同山崎徳太郎及び同佐々木康雄を経て訴外石田邦生からそれぞれ買い受け、各所有権移転登記を受けたものであつて、これによつて控訴人が本件控訴人買受土地の所有権を有効に取得したことになることは明らかである。そして、訴外鎌田がその後も土地登記簿上及び土地台帳上訴外工藤藤保の所有に属するものとして登記、登録されたままとなつていた八七番の二の土地について昭和三七年四月に訴外工藤藤保からこれを買い受ける契約を締結してその旨の所有権移転登記を受けたとしても、その土地台帳の除去手続が漬漏されていた不都合はともかくとして、そもそも八七番の二の土地は、先に説示したとおり分筆前の八七番の一の土地との分割線が全く不明であつてその所在及び範囲を特定することができないものであり、既に控訴人その他の第三者が占有していた関係土地の現況と併せ考えれば、右の買受契約はこれを有効とする余地がないものであつたと解されるのみならず、閉鎖すべき登記用紙に右買受契約による所有権移転登記がされても、訴外鎌田は、これをもつて控訴人に対抗しうべき限りではない。

三  控訴人は、本件控訴人買受土地が訴外鎌田の所有に属する八七番の二の土地の一部であつて、訴外佐々木康雄又は同石田邦生の所有に属するものではなく、控訴人がその所有権を取得しえなかつたことを前提として、被控訴人に対してこれによつて被つた損害の賠償を求めるものであるところ、控訴人が本件控訴人買受土地の所有権を有効に取得したものと解すべきことは以上のとおりであるから、控訴人の本件請求は、既にこの点において前提を欠くものといわなければならない。

第二担当登記官の措置の適否について

一  もつとも、先に認定したような一連の経緯によれば、控訴人が本件控訴人買受土地の所有権を有効に取得しえなかつたものと判断して訴外鎌田との間において前記のような裁判上の和解をしたこともやむをえないと解する余地が全くないというわけではないので、控訴人主張の担当登記官の措置の適否についてさらに判断する。

先ず、控訴人は、担当登記官は分筆前の八七番の一の土地を分筆後の八七番の一の土地と分筆前の八七番の三の土地とに分筆する旨の千葉県農地委員会の申告を却下すべきであつたのにこれを受理し、土地台帳に右分筆の登録修正をしたことが違法であるとする。そして、当時は土地台帳上及び土地登記簿上では分筆前の八七番の一の土地と八七番の二の土地とが存在するものとされていながら、本件公図上では八七番の土地のみが表示されているという状態にあつたのであるけれども、この場合、仮に担当登記官が調査を遂げていたとしても、当該土地の現況地目、占有状態、界標その他一切の資料によつても八七番の二の土地の範囲を明らかにすることはできず、結局、本件公図上の八七番の土地を登記簿上の分筆前の八七番の一の土地とし、八七番の二の土地は存在しないものとして取扱うことも許されるものであることは先に認定したとおりであつて、担当登記官が申告書(通知書)に添付された地積測量図に従つて別紙図面のイ、ロ、ハ、ヨ、ニ、ホ、ヘ、ト、ト、チ、リ、イの各点を順次直線で結んだ内側の土地を分筆前の八七番の一の土地として取扱い、右申告を受理して分筆登録をし、本件公図上に先に認定したような分割線を記入して、分筆後の八七番の一の土地と分筆前の八七番の三の土地とを表示したことにはなんら違法はなく、これによつて右のとおりの分筆の効果が生じたものというべきである(もつとも、この場合、八七番の二の土地の土地台帳を土地の不存在を事由として職権で除却すべきであつたところ、それが遺漏されたことは、控訴人の本件損害賠償請求とはなんらかかわりがない。)。

また、控訴人は、担当登記官は千葉県知事のした右分筆登録にかかる分筆登記の嘱託を受理して分筆登記をし、本件控訴人買受土地について二重登記を生じさせるという違法な措置をとつたと主張するけれども、土地台帳法の下においては、土地の分筆は、その土地台帳の登録によつてその効果が形成的に生じるものとされていたのであり(同法第二五条)、分筆登記は土地台帳上の記載と土地登記簿の表示とを符合させるためにされるものに過ぎない(昭和三五年法律第一四号不動産登記法の一部を改正する等の法律による改正前の不動産登記法第七九条参照)のであつて、前記のとおり、分筆前の八七番の一の土地を分筆後の八七番の一の土地と分筆前の八七番の三の土地とに分筆する旨の分筆登録が適法にされて有効にその効果が生じている以上、担当登記官が自作農創設特別措置法第四四条、自作農創設特別措置登記令第三条第二項の規定により千葉県知事がした分筆登記の嘱託に基づいて前記分筆登記をしたことにはなんら違法はなく、これによつて本件控訴人買受土地について二重登記が生じたことになるものではないことは前記説示のとおりである。

二  さらに、控訴人は、担当登記官が昭和三六年五月一三日及び昭和三九年七月三〇日に前記各分筆登記申請がなされた際に関係登記簿上の記載及び本件公図上の表示の過誤を是正すべき義務があつたのにこれを怠つて申請にかかる各分筆登記をしたり本件公図上に誤つた分割線の記入をし、あるいは、控訴人に二重登記のされた関係登記簿の謄本を交付し誤つた表示のある本件公図を備え付けて閲覧させたと主張するけれども、右各分筆登記及び本件公図への分割線の記入が実体関係に符合した有効なものであつて、そこに過誤があつたものということができず、また、当時においては、土地の不存在を事由として登記官が職権で八七番の二の土地の土地台帳を除却すべきであつたけれども、控訴人主張の関係土地の登記用紙は登記官が職権で抹消すべきものではないから、控訴人の右主張が失当であることは明らかである。

三  以上のとおりであるから、担当登記官の措置に過誤、違法があるとする控訴人の主張はいずれも理由がない。

第三結論

一  そうすると、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当であつて、控訴人の本件控訴は失当である。

二  よつて、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担については民事訴訟法第九五条及び第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 香川保一 越山安久 村上敬一)

図面〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例